もりのくまの”M's Grab Bag”が「くまの雑記帳」で再出発。観劇記録、コンサートの記録、おいしいもの記録が中心の雑記帳です。


by a_bear_in_woods
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カテゴリ:Theatergoing( 39 )

ほぼ備忘録なので、すでに3月にも観劇してますが時系列に埋めて行きます。

某日、って日付は判ってるけど、あまり厳密にする必要もなさそうなので、こんな感じに。

文楽のお供はもちろん母です。
お付き合いできるのが仕事が入って無い時期なので、どうしても9月2月と限定されます。

で、2月の昼の演目は 『摂州合邦辻』。
ってまずは読めませんでした(汗)。
 「せっしゅうがっぽうがつじ」ですね。

その中から「万代池の段」と「合邦庵室の段」でした。

たいてい、長い物語のクライマックスだけを抜き取ってみることになるので、背景を事前に知っておくことは結構重要です。

もちろん、その場でイヤホンガイドのお世話になれば、その辺りから、舞台上、舞台裏までいろんな情報を耳元で囁いて(!?)教えてもらえます。
歌舞伎もそうですね。
でも、これを聴いているとその情報量の多さに、逆に舞台上のことに集中できないという弱点も。

ある時、歌舞伎をイヤホンガイドなしで見てみたら、意外に判るところはわかる、と気がつきました。(特にセリフは大丈夫。判るものです。)
そこで文楽もイヤホンガイドなしで見ています。
さらに文楽の場合は義太夫は全て字幕で表示されているので、それも助けになります。

でも、先にのべたようにクライマックスだけを抜き取った物語の場合、導入部分でついて行くためには事前に調べておいた方が判りやすいのも事実。
もちろん、それは当日プログラムを購入して、開演前に読むでもOKですが、何のためのインターネット!
ということで、私は演目が判った時点でたいていは検索してあらすじをつかんでおきます。

さて、この話も他の文楽と同じように「能」に「歌舞伎」にそして他の原題の作品へとモチーフはマルチメディア展開!?しています。
「能」だと『弱法師』と言われるものだそうですが、これはマンガ『花よりも花の如く』でも扱われていたのですが、すっかり忘れていました(汗)。

各話で多少違いはあるようですが、大きな筋は大名の家の盲目(病のせい)の嫡子とその嫡子に思いを寄せる継母の壮絶な追いかけっこ!?です。

ともかく、継母の感情というのが物語の出だしでは、異常な愛情にしか見えないのですが、  「合邦庵室の段」で明かされる真実は、そりゃもう大どんでん返し!!!

ネタばれを承知で検索したあらすじを読みながら???ってなるほど。
同行の母はあらすじを知らない様子だったので、あえて黙っておいたのですが「合邦庵室の段」はお弁当をいただいた後の一番眠い時間帯だったというのに、驚きの連続で眠気も吹っ飛んだそうな(笑)。

いやはや、壮絶でした。

あらすじはここでは述べませんが、話の壮絶さもすごかったのですが、実は舞台上の密度もすごかった(笑)。
登場人物が多く、特にその大どんでん返しの辺りでは主役級の人形が5体。
ってことは人形さん(操る人)は各人形に3人なので15人!!!

大迫力でした。

さて、この日は大きな物語だったのですが、終演時間は早かったのでもう1か所立ち寄りました。
それが中原淳一展
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これは、淳一が雑誌に描いていた女の子の部屋の飾り方の提案を形にしたもの。
こんな風に、いくつかの洋服なども実体化させていて、撮影スポットになっていました。

沢山のファッション画は今でも魅力は失われていなくて、母の世代のように懐かしさで足を運んでため息をつく人たちが多い一方で、今のファッションに身を包んで「学び」の目線で真剣に食い入るように見つめる人たちも見られました。

私は子どもの頃に母がサラサラと広告の裏などに描いてくれた女の子の絵の原点がここにあったのか、と感慨深く見てきました。

それにしても魅力的なグッズが多すぎて、結構散財してしまいました(汗)。
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by a_bear_in_woods | 2013-03-13 09:08 | Theatergoing
ええ、もう2ヶ月たってますね。

しかもクリエでは今は『ウェディングシンガー』が絶賛上演中ですね。

でも、一応、備忘録としての働きもあるので書いておきましょう。

9月に初めてこのお芝居を見たときから、どうしてもパートナー氏を連れて行きたくて、何とか画策した結果の二人そろっての観劇でした。

年明け最初の月曜日で多くの人にとっては仕事始めだったり、学校が始まったりだったのでしょうけど、夫と同じに自主的に休みを延長した方や始業式は午前中で終わったのでしょうか?お若い方も含め、男性客が多い客席でした。

そんなおかげで、月曜日のマチネだというのに客席でパートナー氏が居心地悪すぎることもなく、作品が始まれば、やっぱりとても楽しんでくれた様子で、いい観劇となりました。

アンコール公演はお客様の方もアンコール(リピーター)も多いようで、笑いのタイミングはちょっと早かったり、笑いたくて前のめりだったりの気配も無きにしも非ず、でした、やっぱりいい作品でした。

派手さは無いけれど、本当に心地よく楽しめる良作といえばいいのでしょうか?
ぜひぜひ、これからもこの作品を大切にして公演を続けて欲しいと改めて思いました。

それだけの素敵な作品なので出演者の二人、芳雄くんと真綾さんの二人も、丁寧に大切に演じている様子が伝わってきましたが、今回のアンコール公演はさすがにハードスケジュール。
二人とも別な公演の間を縫って、わずかなお稽古期間で良くぞここまで!でした。

さすがに真綾さんはせりふがかんでしまうところもありましたが、むしろ9月の公演でそれが私が見た2度だけですがまったく無かったことに改めてすごいなぁ!と感心して今いました。
だってジルーシャのせりふと歌の量、それといろんな仕込(?)は本当に半端ないですから。

そして芳雄くんは、歌の時は気にならなかったのですが、せりふの時にすこし鼻声だった気がしました。
さすがに超ハードスケジュールでしょう。

多喜二の東京公演と地方公演の間のわずかな期間だったんだもの。

あ~、だけどわれらが働き者の芳雄くんは、さすがにこの公演の後だったのだろうと思うけど、TVドラマのお仕事も1~2月に入っていたらしいからほんとにすごい。

ってことで、さすがに2ヶ月前の感想なので、細かいことは割愛であっさりとしたものになりました。

今週はウェディングシンガー!楽しんできますとも♪ 
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by a_bear_in_woods | 2013-03-06 17:52 | Theatergoing
今年の観劇納めとなりました。

井上ひさしさんの遺作となった2009年初演のお芝居を初演と同じキャストで再演しているものです。
初演の時の感想はこちら

初演の時は3回も観に行ったんだぁ……良かったなぁ、あの頃。
今じゃ、時間がとれずに今回は1回きり。

結論から言うと、前回の3回は気持ち的には多かったかな?って思ってたんだけど、今回の1回はもう1回は見たかった、って感じです。

実際、24日にCDを購入して来たのですが、まずはそのCDを聞き、そして昨日は購入してからずっと手つかずだったDVDを再生してみていました。

プロレタリアや赤の地下活動とかは相変わらずわかることはできない世界だと思うけど、でも、今回は作品と舞台の上で生きていた登場人物たちにはかなり気持ちを持って行かれました。

まずは芳雄くんが演じた小林多喜二。
今回の多喜二はどこかルヴォー演出の『ルドルフ』のルドルフに似ていました。
たぶん「革命家」であること、弱者に寄り添いたいと思って生きていることが通じているからかもしれません。

そして、ルヴォーのルドルフと同様に、舞台の上に居るのは特別な人間(皇太子だったり、特高に目の敵にされるほどの活動家だったり)ではなく、等身大に本当に生きている青年でした。
ただ、熱い思いのたけを隠すことが出来ず、むしろ持てあましてさえいるような、そんな青年が「生きて」目の前に居る、そんな感じでした。(すっごく前方のお席だったからかもしれません。端っこだったけど)

もちろん、いろんな部分で笑いと涙を誘われたのは初演同様でしたが、今回、私が胸をキュンと〆つけられたのは瀧子の石原さとみさんの佇まいと表情でした。
変わらずに清純な雰囲気なのですが、初演に比べてご本人も大人になったからなのかもしれませんが、色気が感じられたのです。

ふじ子へのジェラシーを表すシーンで、初演の時は何だかんだで、でもそこは「お兄さん」てき思いが強いんじゃないかな?って感じだったのですが、今回は黙って立っていたりするだけのシーンでも、女として多喜二をあきらめきれない、でも、仕方が無い、という嫉妬や葛藤が色気を伴って伝わって来ました。

大きく動いたり、セリフを言っていないシーンでもふと彼女に視線をもって行かれる、そんな感じ。
「ふじ子が、ふじ子は……呼び捨てって良いなぁ~」のシーンでは彼女がそのセリフを出す前に、多喜二が「ふじ子」と言うたびに、こちらの胸が苦しくなって、切なくなって……あ~、多喜二、なんて女心が判らない朴念仁か、と舞台の上の芳雄くんを睨みつけたくなるほど(笑)。

特高として追う側も、そして追われて、やがては命を奪われる側も、そして奪った側も、所詮は雇われの身で、労働者の一人でしかない。
働く人の全てが正当な評価を受けて、正当な扱いを受けて、日々の糧を十分に手にし、暖かで清潔な寝場所と衣服があること、それを望むことはそんなに罪なことなのか?

そして、今、いったいその権利はちゃんと本当に誰もが持っているのだろうか?

でも、誰もが持っていて、誰もが奪えない物があるとしたら、それは「胸の映写機」なのだと感じたクリスマスイブの観劇納めでした。
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by a_bear_in_woods | 2012-12-28 10:56 | Theatergoing
今日のうちに書かないと、また書かずに時間が過ぎちゃいそう……なんだけど(汗)。


とりあえずメモ書き!

やっぱりこのショー好きだわ。
うん、とっても楽しかった。

Dramaticaのパートではオープニングと例の勝手な歌詞をつけて芳雄くんと聖子ちゃんが敵同士なのに恋人同士の設定のあれが再演になってて良かった。

でも、今回の剣はちょっとダサいきが(汗)。

芳雄くんの新曲Til I hear you singは『オペラ座の怪人』の続編作品からだそうで、芳雄くんマスクを手に登場。
あれ?あのマスクって去年のあれ?ディナーショー用に用意したあれかな?
曲は素敵でしたが、かなり厳しい曲じゃない?って思って聞いてたら、やっぱりプログラムにそれ的なことが書いてありました。

そしてV Medley
ええ、VVでした。Vでした。
『闇が広がる』では彩吹さんがルドルフパートになるから、芳雄くんがトートなんだけど、10周年コンサートの時のような無理やり妖しい(爆)、ヅカ男役風味じゃなくて、かなり素の芳雄くんなんだけど、みょ~~~~~~に色気があって……

なんか、めちゃくちゃ良かった。

あと『ルドルフ』から『ただのロマンスじゃない』×『本妻の歌』←すみません、タイトル忘却(汗)。
あのかぶせ技はすごかった。
小林香さんの発想ががすごい!
そして知念ちゃんすごい!

まだDパートで書きたいこともあるけど、いったんここまで。

Romanticaは今回はストーリー性が強くなって、メッセージが伝わる感じだった。
特にLet Me LiveからThe Prayerにかけては、なんか励まされる感じだったなぁ。


取り急ぎ一旦これだけは書いておく。
あとは、多分後で!
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by a_bear_in_woods | 2012-10-19 22:57 | Theatergoing
歌舞伎や文楽(人形浄瑠璃)に出てくる、あの黒い覆面と黒い衣装の人たち、「黒衣(くろこ)」をモチーフにした当世流行りのユルキャラで、国立劇場のマスコットキャラです。

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公式ページもあったりします。


昨日は、母上と国立劇場へ文楽を観に出掛けてきました。
残り少ない夏休み(まだ休みなのかと言うツッコミが入るの必須(笑))、秋は芸術!とばかりにTheaterやHallと名前の付くところへ足を運ぶ機会が多い9月です。(つまりこの後も予定があれこれ(汗))

文楽を観に行ったのはこれで4回目のまだまだ初心者です。

きっかけは三浦しをんが『仏果を得ず』を出版した際に、某TV番組の作者のインタビューコーナーで、実際に彼女とレポーターが国立劇場に行き、楽屋で人形さんや大夫さん、三味線さん達からお話を伺うのを見て、しをんさんの文楽への愛のすごさに、そんなに愛せるものってどんなにステキなんだろう?と興味を持ちました。

で、図書館に出掛けて行って著作を探したわけですが、当然新刊は予約でなかなか借りられない状況だったので、彼女の『あやつられ文楽鑑賞』を先に読んだのですが、これが面白い!
彼女がちょっと「腐」の(ちょっとじゃないか)目線から、しかしオタクらしい鋭い突っ込みで作品や舞台の様子を書いていて「ああ、本当におもしろそうだわ!見てみたい」となりました。

その後、しをんさんの小説は目的の『仏果を得ず』を始め、数冊読むことになりましたが、ほんと、面白い。
そんな、面白い本を書く人がハマっている「文楽」が面白くないはずが無い!

ってことで、数年前、両親を巻き込んで(笑)、地元で開かれた文楽教室を最初に、チャンスがあれば年1回ぐらいのペースで見ています。

まだ、あまり詳しくないのでそれほどの感想はかけないのですが、今回見た『粂仙人吉野花王』は、早変りがあったり、ちょっと派手目な舞台演出があったりで見た目も良かったし、話も明快でコミカルでさえあって、とても楽しかったです。

もう1本の世話物『夏祭浪花鑑』は、これまた判りやすい物語で、最後の盛り上がりはドラマチックな話で、こちらも「夢」の世界に誘われることなく、しっかり楽しめました。(もっとも母上は昼食後はついに沈没してましたが(笑))

今回は、大夫さんに健(仏果を得ずの主人公)を思わせるよな、若手さんがいらっしゃいました。
30代前半の大夫さんのようですが、そんな若い大夫さんは初めてでした。
声がとてもよく通り、聞きやすい義太夫で「あ、若い大夫さん、いいじゃない!」でした!


それにしても、母に付き合ってゆっくり歩いて、寄り道も少なくして、電車も1本早くに帰宅したら、疲れ具合がいつもの観劇に比べてかなり少ない(笑)。
いつも、ちょっと無茶しすぎかな(汗)。
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by a_bear_in_woods | 2012-09-13 09:15 | Theatergoing
最近、時々芳雄君のファンではない観劇パートナーと一緒に見に行く機会が増えています。
今回は先輩であり友人である人と「三銃士」に続いて1年ぶり2度目のご同行です。
ストレートプレイやこの日、観劇後に聞いた話ではちょっと偏った嗜好でミュージカルも、ともかく舞台の観劇でも私よりずっと先輩な方です。

色々とあって、今回はとっても良いパートナーでした。
だって、まずは幕が上がる前(というと変だな、幕は無い舞台だったから(笑))から、見えているセットの書斎の様子に二人して「こんな部屋に住みたい!」だもの(笑)。

さて、作品は子供の頃、タイトルは聞いていた本が原作。
読んだ記憶もあるけど、細かなエピソードまではもう覚えていない。(原書に取り組み中だけど「時間が無い」を言い訳に進んでいない。)

だけど私もだけど、ほとんどの人は「孤児とその子を援助したおじさんの物語」として記憶している有名なYA小説。

そして出演者は二人だけのミュージカル。

原作自体、突然、謎のパトロンから援助を受けて大学教育を受けることになった少女ジルーシャがスミスと明らかに偽名を名乗るパトロンに向けての手紙で構成されていて、登場人物はすべて彼女の手紙の中の話の登場人物でしかない。

だから、舞台上が二人だけってのは当然な流れ。

でも、その二人が1通の手紙を交互に読ん(歌う)だり、あるいはハモったり、フーガ?カノン?のように追いかける様に歌ったりしていく。

最初は読み手でしかなかったはずのジャーヴィスはある時点で、手紙の登場人物になる!
ここから、ジャーヴィスとジルーシャはシーンによっては対峙した演技も差し込まれてくる。
そしてそれと同時に、手紙を読むシーンのジャーヴィスには苦悩が始まる。

出だしの、ほとんどジルーシャのモノローグのシーンではジルーシャ役の坂本真綾さんがさすが声優!といった感じの多彩な声色を使っての一人芝居のシーンが続くのだけれども、その真綾さんがかわいい!!
私にとって、彼女はガンダムの声優さん、だったけど、今回はもう、見事にかわいらしい少女ジルーシャ。
そして、くるくる変わる表情と豊かな声のヴァリエーションがとても素敵でした。

芳雄君のジャーヴィスは苦悩しているシーンはシリアスなんだけど何せ、自分が蒔いた種なわけだから、どっか憎めないおかしさがあるし、ジルーシャの手紙の登場人物としてジャーヴィスはジルーシャの筆力(舞台上では歌詞と歌の力)でコミカルに動く。
その二つをメリハリをつけて芳雄君が演じていて、コミカルなシーンでは大いに笑い、そして苦悩するシーンでは切なくなる。

切なさの最たるシーンが『チャリティー』を歌うシーン。
歌詞の中でチャリティーの与える側、そして受ける側の気持ちや、そしてそのせいで立ちはだかってしまった「壁」などを歌うんだけど、この歌、すごく好きです。
同行の友人もこの歌がやはり印象に強く残ったと言ってくれて、そのあたりから観劇後の会話もとても色々盛り上がりました。

大きな山場はない、7月のルドルフのようなドラマチックな壮大な曲もないけど、一つ一つがとても丁寧に作られたものを積み重ねて出来上がった、素敵な作品だと感じました。

もちろん、大劇場の壮大なミュージカルも楽しいけれど、こう言う小さな、でも心が温かくなる作品も好き。

ほんの2ヶ月の間でこんなに違うタイプの作品に出てくれるなんて、芳雄君!すごいぞ!

と、べた褒めで終了(笑)。

いいのだ、だって昨日は観劇の前後も本当にすごくいい一日だったんだから。
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by a_bear_in_woods | 2012-09-07 20:34 | Theatergoing
4年前と同じ演目だけど、再演と言うよりは新作という触れ込みの公演。

実際、キャストはタイトルロールの芳雄くん以外は総入れ替え。
そのほかで大きな違いは演出家と言われていて、正直、まだまだ観劇初心者の私には演出者の違いがどんなことになるのかよく判っていませんでしたので、どんな風に変わるのかワクワクでした。

実際、見てみたら、確かにこれは再演と言うよりも新作でした。

演出の違いは舞台の見た目だけではなく、お話の解釈や進め方にも違いが出ていたし、歌詞やセリフにも大きな違いがありました。

むしろ、一人前の公演から残った芳雄くんの方が色々大変だったり、新しい世界観に入って行けなかったりしないのだろうか?と思うぐらいでした。

まだ、今公演の前半なのでネタばれになる形での感想は避けたいと思いますが、前回の『ルドルフ』がキャストもセットも衣装もきらびやかで(前回の時はいろんな事情からキャスティングにも肩の力が入りすぎていた感がします)、おとぎの国の王子の苦悩と道ならぬ恋、ノンフィクションベースで有るにも関わらず、どこかフィクションの色が濃かった(ファイファーの存在がファンタジー感を作っていた)記憶があります。

それに対して、今回の作品では抑えた色調の衣装と色数を絞った舞台装置、セリフや歌詞からマリーとルドルフを結びつけたものが明確にされたことで、より世紀末のウィーンの華やかさと廃退が共存していた空気ができているように見え、ルドルフもおとぎ話の王子さまではなく、たまたま皇太子と言う立場にある一人の男性として見えるようになって、全体に最初に原作と言われたフレデリック・モートンの本から受けるイメージに近くなっているように見えました。
全体的に大人っぽい作品になったなぁ~って感じました。

どちらが好きかは好みの問題もあるんだろうなぁ~って思うけど、でも、じゃあ4年前に今の演出が良かったかと言えば、それはNoが個人的な思い。
やっぱりあの頃の芳雄くんでは、おとぎの国の王子さまの方が合っていたと思うから。
いま、この演出に出会って、新しいルドルフを作れたのは彼にとってはラッキーだったんじゃないかな。
王子様の役を演じているんだけど、でもなんか脱・王子のチャンスなんじゃない?って感じが個人的にはしました。

プロモーション動画でも取り上げられている『それ以上の……』のシーンは今回の方が断然好き!それに確かに「ただのロマンスじゃない」も納得が出来ます。

ってことで、結局好きじゃない「不倫&心中」ネタの話にも関わらず、今回もこの作品が気にいってリピートするってことです。(チケットは元々用意していた以上には増やしませんけど。)
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by a_bear_in_woods | 2012-07-11 09:22 | Theatergoing
ちょっと前になりますが、2度目『負傷者16人』の観劇に出掛けてました。
↑書いているうちに時間が経ちました(汗)。しばらく前になってしまいました。

すでに東京公演は楽を迎えて、この週末に兵庫県ですね兵庫での大千秋楽も無事迎えています。

井上芳雄くんは兵庫の前に久しぶりに1ステージ限りのゲストでのショーへの出演で、幸せを感じながら歌っていたらしいですが(笑)。

ええ、多分、客席のファンの人たちも負けず劣らず幸せな気分で、歌う芳雄くんを見ていたに違いありません。うん、やっぱり彼は歌とお芝居の人だし、何より『負傷者16人』は重たかったからね。

更にもう一つ、宮澤賢治の朗読劇もありましたね(私は行けませんでしたけど。)


2回目の感想を書く前に、前回は省略したあらすじをちょっと。

1990年代初めの頃のオランダ、アムステルダムで初老のハンスはパン屋を営んでいた。
家族はなく、客と娼婦の関係以上だが、恋人未満と言う微妙な関係のソーニャとは随分と長いこと、二人の間の取り決めにのっとった関係が続いている。

ある夜、おそらく深夜、ソニャーのところからの帰り道、ハンスは乱闘で大けがを負った青年を助け、病院へと連れて行く。

病院で目を覚ませた青年は、名前も名乗らず、助けてくれたハンスに対してもケンカ腰でしか話が出来ない。
どうやら、彼は何か事情のあるパレスチナ出身の青年でお金も今はないらしいことが判る。

ハンスはこの青年、マフムードの治療費を建て替えた上に、パン屋の手伝いの仕事を与えることにした。

パレスチナ出身のマフムードにとってユダヤ人は単なる敵(てき)以上の存在だった。彼が持っていた物、権利、全てを奪った憎むべき敵(かたき)だった。

そして、ハンスがユダヤ人であることを知ったマフムードは一度は受け入れたハンスが差し伸べた手を強烈に拒絶してパン屋を飛び出した。

そんなマフムードをパン屋に戻したのはオランダ人のダンサーの、ノラだった。
美しいノラにマフムードは一目ぼれしていた。

ノラはハンスの店を飛び出したマフムードを偶然街中で見つけて声をかけた。

マフムードの書くアラビアの文字を「美しい」と言い、興味を示してくれたことはマフムードの心をほんのわずかだがやわらげ、その彼女にほんの少し感化されたのか、それともやはりノラにまた会いたかったのか(汗)、マフムードはハンスの店に戻った。

それからしばらく、ハンスのパン屋には静かな時間が流れていた。世界には不幸や事件が満ちていたとしても……ハンスは自分のパン屋にはそんな世界の見たくもないニュースは必要ないと口にしていた。一見すると平和に慣れ切った安全な場所にいる人間の言葉に聞こえるが、それには彼の過去が関わっている。

やがてマフムードはユダヤ人を許せるはずはなかったが、ハンスとの間には確かに絆を作り上げていた。ノラとの間には愛と新しい命を育んでいた。


そしてある日、オスロ合意でイスラエル・ラビン首相とPLOアラファト議長が握手をするニュースが流れた。
この日、静かなパン屋に一つ目の波が立った。
この夜、マフムードはノラに全てを打ち明けた。

彼はバス爆破犯でテロリストの一人であったと……

告白を受けたノラは混乱した。
マフムードは良い人間だ。そして彼が失ったものに対して権利を主張すること自体は理解もできる。
だけど、報復は?

ノラは全てをハンスに打ち明けてしまう。

ノラの告白を聞き、当惑しているハンスに、マフムードは何も知らず、無邪気にこれから生まれてくる自分の子供の誕生の時にアザーン(イスラム教の礼拝の言葉)を赤ん坊に掛ける大事な役割を頼んだ。
ハンスも嫌々ながら引き受けたと言うポーズをとるもののマフムードの願いに応えようとしていた。
新しい家族を作ろうとしている若い二人を見守るハンスは、自分もまた新しい絆を求め、ソーニャにビジネス抜きの新しい関係を求めるが、拒絶されてしまう。

そんなある日、パン屋に一人の男がやってくる。
平和なパン屋にそぐわないその男はマフムードの兄だった。
朝早い、まだマフムードしかいなかった店内でされた会話はマフムードに逃れられない過去と未来をもたらした。
彼がテロ行為に加担したのは、彼の弟がちゃんとした教育を受けられると言う保証を得るためだった。
だが、現実は弟もマフムードと同じ道を歩み始めていた。そして、組織に見つかった彼には次の命令が下された!

数日後、その命令を遂行するための爆弾がマフムードの元に届く。
彼は最後の仕上げをパン屋の厨房でしていると、ソーニャの所から戻ったハンスに見られてしまう。
二人はそこで口論を繰り広げる。
ハンスは命がけでマフムードの次のテロを阻止しようとする。

ハンスの勢いに負けを認めたようなマフムードは爆弾の時限装置を外し、ハンスに預ける。
「これでこの爆弾は、いつ爆発したらいいか分からなくなった」と。

ハンスはこれをマフムードが計画を諦めたと理解したが、それは違った。
マフムードは自分で爆弾を爆発させる道を選んだのだった……

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と、救いのない形で舞台は終わります。
もっとも、この問題に「救い」を書き加えることは今の世界では無理なのだと思います。

で、観客はそれぞれに重りの様な気持を抱いて帰宅する事になります。
悲劇であっても何か思いが昇華されて終わる物語も存在しますが、これはそうではありません。

さて、ちょっと話はそれますが、兵庫県在住の友人はこういう問題にも興味と知識を持つ人物だったので、このお芝居をお勧めしてみました。
比較的ギリギリだったのですが、チケットも余裕で手にできたそうで(汗)、見に行ってくださりました。
もちろん、彼女の感想も色々勉強になったのですが、ちょっとうれしかった感想は「井上さんのアザーンは素晴らしかった。イスタンブールで聞いた本物を思い出した」でした!そっか、芳雄くんはアザーン要員だったのか!?って違いますけど(汗)。

この舞台の前半ではハンスがユダヤ人であることは分かっているものの、彼が世界の不幸を自分の店に持ち込みたくないと言うのは、紛争や事件の外側の人間の事なかれ主義に見える態度が、自分の日ごろのように感じられました。
ところが、それは舞台の後半で覆されます。
彼はかつて当事者だった。そして生き延びるために自分がしたことについて、自分自身を許してはいなかったのだ。

マフムードの全てを知った時のノラの反応が私の感情に近かったと思う。
劇中の中でノラが「何が正しくて何が悪いことなのかがわからなくなった」って言っていたけれど、ああ言う紛争を扱ったものを見たり読んだりすると、本当にそう思う。
単純に白黒分けられるものじゃないことぐらいは頭で理解できているつもりだけど、その「つもり」と目の前で事実を突きつけられるのは別なものだ。

「救いのない結末」と書いたけれど、マフムードの立場で見れば「救い」だったのかもしれない。

ノラに全てを告白した後の彼は、まるで過去を告白した事と、子どもの誕生を機に、自分までが生まれ変われると思っているかのようにも見えた。
私たちから見れば、バスを爆破し、幼い命まで犠牲にした事すらも消し去って、自分がやり直せると思えるのか?と思う部分もあるけれど、彼にはその時にはそれが可能に見えたようだ。
兄が現れるまでは……

兄が現れて、全てを見ていたと言われた事は、すなわち敵対組織にもいずれ見つかると言うことだ。
組織から逃げて生き延びるのに、一人なら可能かもしれないけれど、そんな日々と無縁だったノラと小さな命を連れては不可能だ。
見つかれば自分だけではなく、妻子に危険が及ぶのだ。
そんなことに彼が耐えられるはずはない。

せめて彼が新しいミッションを行えば、追手が当面は一つ減ることになる。
だが、それも今回と同じくいずれ見つけらて、同じ方法で次の実行を迫られるだけだ。一度実行してしまったことで、彼はもう連鎖から逃れられないのだ。

ならば、信頼できるハンスのもとに二人を残し、自分が永遠に消える。
これなら、自分は新しい命の中に残れるのだ。
「救い」だ。

だけど、タイトルの「負傷者16人」にとっては、ここから新しい負の連鎖を生みだすかもしれない。
あるいは、断ち切るすべを模索するかもしれない。
少なくとも「救い」ではなく新しい「困難」の始まりだ。

ってことで、物事に普遍的な「解決」や「救い」なんてないんじゃん!ってなっちゃうと、やっぱりそれは不幸だな。

さてと、まとまらなくなってきたのでこの話はここまで。

2回見て、気になる点を2つ。(もっとあるけど)
ソーニャはなぜハンスの望みを拒絶しなければならなかったのだろう?
ハンスに対して個人的に結婚や愛情といった思いが持てなかっただけなら、早々に別な人との生活を営み、「仕事」に幕引きをすることはできたはずだ。
だから、別な何かが、彼女自身が「生活」を作ることを拒絶させているのだと思う。けど、それが見えなくって分からなかった。

もう一つはハンスがパン屋である理由はあるのか?
もちろん、劇中で言うようにホロコーストを逃れたものの、お金も何もない少年だったハンスが空腹の余りに盗みに入った先がパン屋で、そこの主人に拾われたからなわけだけど、その店がパン屋である必然性と言うか、メタファーがあるのか?ってこと。
実際、ラストの口論のシーンの「ユダヤ人はパン屋をしてはいけないって言われたらどうする?」「ユダヤ教を捨てる」のやり取りにはパンがキリスト教ではキリストの体を表す事に暗喩していると思われる。

どんな店に入ったって、現金を盗ることはできたはずだし、それで食べるものを手に入れることも可能だったはずだ。
大人になってからのハンスは現金に手を出すことにパンよりもためらいを感じるだろうと思うけど、切羽詰まっていた時の少年ハンスにはどっちでも良かった気がする。
でも、手っ取り早くお腹を満たすためにはパン屋が良かった、それも理解ができる。
で、そこだ「手っ取り早くお腹を満たせる」
つまり、既に調理された主食がそこにある!ってこと。

キリスト教との関わりをちょっとはずしてみたとしても、麦食文化とコメ食文化の間には大きな違いがある気がしたのだ。
例えば、ハンスと同じ立場になった少年が日本の過去の時代(コンビニとかパン屋が一般的じゃない)にいたとする。

米屋には入らないのだ。
だって、米屋にあるコメはそのままでは食べられないから。
むしろ、民家に入って炊事場からその家のご飯を盗む方が可能性が高い。

で、何が気になるかと言うと、米屋は町の人の生殺与奪の権を完全には握っていない。
米が欲しかったら自分で作るとか、農家と個人的に取引するとかでもコメは得ることが可能で、それを家で食べられる形にできるのだ。

一方、麦は畑からまっすぐでは食べられない。
粉にする人がいてパンにする人がいてやっと人々の腹を満たせるものになる。

パン屋って何気に生殺与奪の権を持ってる気がする。
ってことが気になってしまった。

なんていうか、そのあたりにも色々理解を困難にする隔たりってありそうだなぁ、ってことで。

あ~、もう色々空中分化したままで終わり!

これはもう個人的な覚書レベル。
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by a_bear_in_woods | 2012-05-24 16:43 | Theatergoing
久しぶりの観劇でした。

今回は井上芳雄くん出演ではありますが、ミュージカルではなくストレートプレイ。
劇場もまったくなじみのない劇場で、作品もこれまで楽しんできたほとんどのエンタメ系のものとは大きく毛色の違うものでした。

さて、初めての劇場に行かなくてはいけないと言うのに、実は出だしから困難が(汗)。
ひと仕事終えてからのあまり余裕のない移動だったのですが、いきなり勘弁して欲しいことに乗るはずの特急が運休……

それでも幸い、その後の電車を乗り継げば何とか間に合う!
ってことで、なんとかなりましたが、途中車内で乗り換えを検索して、一番早い行き方を確認して、それでなんとかやっと開演10分前!!

ま、実際無事についたし、良かったです。

小劇場と言うだけあって、本当に小さい劇場です。
それと座席もミニマムな感じで、クッションが置いてある形なのがびっくり。最初椅子をおろした時に、ぐにゅっって感じがして、え?壊れてるの??って一瞬焦ったりもして。

そうそう、それに座席番号のつき方もとても独特で、最初に自分の席を探すのもちょっと苦労してしまった(汗)。
ちゃんと劇場の座席図を見てから入らないといけませんね。

さて、肝心のお芝居の方の話ですが、まだ始まって間が無いので内容のこまかい点には触れたくないのですが、でも、ともかくとても重たい話でした。

パレスチナの青年とユダヤ人の老人の不思議な関係とその悲劇の結末をオランダの街の小さなパン屋の店先を舞台に展開します。

夫に、どんなお芝居を今日は見に行ったの?と聞かれて「パレスチナ問題が扱われてる話。映画『ミュンヘン』みたいな感じで、最後は……」と説明したら、かなり理解してくれたので(たぶん)その説明で有っているのだと思いたいです。

正直に言えば、とても遠い世界の話です。
現実に今、起こっている話なんだけれど自分からは遠い遠い話です。
「理解」することはとても困難です。

お芝居の山場の二人の衝突のシーンはあちこちで鼻をすする音が聞こえて、私も少し目売る見かけたのですが、ふとその時に思ったのです。

ここで流す涙は同情の涙だろうか?
でもその同情は本当に理解しているのだろうか?
同情をするということは、二つのどちらかが正義でどちらかが間違っていて、同情される方が理不尽な状況にあると自分は思っているのだろうか?

そう思ったら、なんかそこで泣くのは何かが違う気がして、確かに役者が抱えた感情には涙を誘う力があるんだけど、物語の中で語られていることは私が涙を流すべき話ではないと感じてきました。

そんな不思議な(?)葛藤で、涙はこぼれおちることはなくそのまま最後のシーンへと……


なんというか「個」は理解しあえないまでも、プログラムで頻繁に出て来た表現を使うなら「寛容」になり得て、友情も成立させうる。
でも「族」というか「集団」同士の対立は何処にも「寛容」になれる可能性が無いように見えて来た。
集団同士では対立していたとしても、個としての友情は成立することをよしとして満足するべきなのか、個としては友情も愛も成立させられるとしても、集団同士での「寛容」は不可能だと嘆くべきなのか……

私の頭には手に負えないお話でした。

が、実にもう一度見に行きます(汗)。

いや、だってそうなることは予想していたけれど、それでも一応色々なアクシデントへの保険で2回分はチケットをとっておかないと安心できないし(汗)。←実際、今回だってもうちょっとで間に合わなかったり、行けなかったかもしれなかったし。

かといって、この内容じゃなぁ~、母も含めておいそれと他の人にも譲れないもの。
こういう内容に強く興味を持っている、って知人も思い当たらないし。

ってことで、もう1回はこの重たさと付き合ってきます。
時間があればその時またゆっくりと感想を……


さて、おまけの方の話は、同じく26日に放送のあった『VS嵐』の話。
こっちは5月5日から公開になる映画『宇宙兄弟』のプロモーション。

芳雄くんも出演者の役者さん枠でアトラクションに参加でした。


まぁ、予想はしていましたがとってもアウェイでしたね、今回も。
ジャパンプレミア試写会の時もとってもアウェイ感が漂っていましたから。
あ、でもあの時の写真を見る感じよりは、少しはアウェイ感は薄かったかもしれないけど、存在も薄かった。
っていうか、ゲストとしての扱いが映画での露出が全然少ないタレントさんよりも少ないし、助っ人のお笑いの人たちよりも少ない……

ま、それほどの期待はしていなかったの、今まであんまり見たことのない姿をTVで見ることが出来ただけでも満足と言えなくもありませんが。

だけど、あれじゃあ何しに来たどんな人かが判んないよなあ~。もうちょっと立場を紹介してもらえても良かったんじゃないかとは思うけど。
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by a_bear_in_woods | 2012-04-27 14:39 | Theatergoing
個人的にはプラチナチケットを持って(といっても、席は2Fの後方だったのですが)、行ってきました。
ウィーンミュージカルコンサート!!

以前に1stシーズンとは銘打たれずに行われた時は、非常に限られた日程でシアタークリエと言う小さな箱だったので、見に行きたい!とか思う以前の話だったのですが(汗)。
今回は、大きな箱(ある意味大きすぎて色々とね……)だったのですが、その収容人数でもフォロー仕切らないほど集客力のあるキャスト(と組み合わせ)だったので、チケット大激戦。

とってもラッキーにも手にすることが出来て、出掛けてきました。

で、いきなり一言が「禅さん(石川禅さん)ステキ!」です。

え、芳雄くんじゃないのかって?

芳雄くんはもうそれは、楽しみにしていた期待を全く裏切らない、とっても満足したし、ドキドキしたし、それはもう別。

で、それと別に全幕通して、やっぱり禅さん、素敵だわ~ってことで。

クンツェ&リーヴァイコンビで生みだされ、日本でも人気を博した4作品『レベッカ』『MA(マリー・アントワネット』『モーツァルト!』『エリザベート』(コーナー順)の美味しいところどりのコンサート。
行ってみれば、オペラの有名アリアだけが次々繰り出されるコンサート(あ、これって結構ある?)なので、とっても贅沢。でも、反面、やっぱりドラマチックな曲はそこまでの物語の流れの中でど~~ん、と盛り上がってからこそ!って味わいもやっぱりあるのも確か。
すごく満足しつつも、やっぱり本編をまた観たい!って思いが強くなります。(あ、そこが興行主側の思うツボってやつか(笑))

実際、歌い手さん(役者さん)たちも、次々いろんな作品の山場をそこに持ってくるって言うのは結構大変だったのではないかと思います。

さて、1曲ずつ感想を書いたりするととんでもないことになるので、ざっくり行きましょう。でもざっくりと言いながら長くなるのはお約束。

オープニングはアンサンブルによる4作品のオープニングメロディーから始まって、最初は『レベッカ』。
この作品は1回しか観てないので、あんまり楽曲は覚えてない。
でも、ああ、そうだこんな感じだったなぁ~、って。
オリジナルキャストはマキシム祐一郎さんとフランク禅さんだけ、涼風さんのダンヴァース夫人は再演からだから、初演しか観てない私は「はじめまして」でしたが、あの恐怖感は予想通りハマっていました。
ヒロインなのに名前の無い『わたし』役は今回は新妻聖子ちゃん。
歌のうまさは問題ないけど、やっぱりあの自分に自信が無い、自分が何者かにまだめざめる前の雰囲気はちょっと無いかな。お芝居じゃなくてコンサートだから歌が上手いのでOKですが、お芝居で見るとしたらちょっと違うんだろうな。

続いて『MA』。
これは日本での上演自体が2007年以来だから、だれにとってもお久しぶりな感じ。
日本での世界初演の後にドイツで改定を加えられたヴァージョンに基づいてのコーナーになっていて、最後には新曲も。
このコーナーはスペシャルヴァージョンでは全てのキャストがオリジナルキャスト。
ってことで、芳雄くんのフェルセンと涼風さんのマリーの恋人同士です。
ええ、ここでは先月はハムレットとガードルートで母と息子だったなんてことは封印ですとも(笑)。

いや、でもね、やっぱり芳雄くんはここ数年の成長がすごい。
歌とか声といった部分だけじゃなくて、やっぱり30歳代になって大人の男性の空気が彼なり(汗)に出てきている。
さから先月の親子の空気を引きずることは全くないし、本編の頃よりずっと頼れるフェルセンって感じでした。

でもね、このコーナーでの衣装は微妙(汗)。
どうやらジルヴェスターコンサートの時に着用した有村淳さんのデザインのものだそうなんだけど、白と思ってたけどピンク?の変形燕尾服なんだけど、なんかちょっとあまりに「王子」風味に苦笑。
ジルヴェスターのTV放送ではそんなに気になってなかったんだけどな。
それに有村さんの衣装って、結構好きなんだけど、今回はなんか微妙でした。

で、芳雄くん的にはMAには初披露曲が入っていました。
ドイツヴァージョンでラストシーンに加えられた『苦しみのかなたに』と言うマルグリットやアンサンブルと歌う曲が新曲(といってもメロディーはリプライズ)。
これは再び日本で聞かれるためには本編の再演しかないわけですが……あるかどうかも未定だし、当然キャストもどうなるか……ってことで芳雄くんがこれを歌うのはもしかすると最初で最後の可能性だってあるんだけど「DVDで残ります」と芳雄くん自信から強いお言葉でした。

そしてなんといっても禅さんの「もしも鍛冶屋なら」。
これ、お芝居の中でも泣けるけど、これだけ聞いてもやっぱり泣ける……いいなぁ、禅さん。
やっぱり曲を聴くと観劇を楽しんでいる時の気持ちの高揚がよみがえるので、『MA』久しぶりにCDを聞こうかなぁ~って気分になりました。

で、ここで一幕目が終わりで、休憩をはさんで2幕目。
一転『モーツァルト!』の世界です。
アンサンブルの『ここはウィーン』の後に、これ、これを待っていた!の芳雄くんの『僕こそ音楽』!
2005年の再演が私が芳雄くんにはまるきっかけだったので、本当に印象深い1曲です。
あの時、初めてやっとライブで芳雄くんの歌を聴くことが出来るドキドキで帝劇の席に座っていたことを思い出します。あの時は幸運にもセンターの前方席だったので、本当にまっすぐ視線の先で、今自分の目の前の空気を震わせながら芳雄くんが歌っていることがうれしくて、歌詞もすごく良くって、涙が出たっけなぁ~。

な~んて感傷(?)に浸っていたら、それこそスペシャルヴァージョンな出来事が!
なんともう一度『僕こそ音楽』です。
今度はもう一人のヴォルフガングの山崎育三郎くんヴァージョン。
(ちょっといろんな意味で酷な気がするんだけど……ステージ上も、聞いている方も)

育三郎君は彼のデビューのマリウス以来かな?あれ?さやコゼ見に行った時は誰がマリウスだったかな(汗)。バタバタしてる時期でブログにも残ってなかった(汗)。

ともかく、印象に残っていた育三郎くんよりも声が甘い感じでちょっとびっくり。へぇ~、こんな感じのヴォルフガングだったんだぁ、って新鮮でした。

『モーツァルト!』新鮮が多いコーナーでした。
舞台ではずっと市村さんと高橋由美子さんが演じているレオポルト、ナンネールをそれぞれ禅さんと土居裕子さんが歌いました。土居さんは男爵夫人も!これこそコンサートだからこそですが。

で、、禅さんのレオポルト!!
すっごく良かった。もうね、ぜひ本編でも演じて欲しい。禅さんのレオポルトが観たい!
もしも芳雄くんがヴォルフガングを卒業してても見に行く!(えっ!?いや、それは……)

それとパワフルな新妻コンスタンツェの『ダンスはやめられない』。
これはもうね、文句ないです。初めて安心して歌にどっぷり浸って聞いた気がするし(汗)。←何気にとっても失礼な発言だ。
新妻コンスタンツェの本篇もステキかも、って思いつつも、やっぱり育三郎くんと平田愛咲さんという有望な新人の『愛していれば判りあえる』のデュエットはああこれが若い、ってことかぁ~って気持ちにもなるし、う~ん、どっちの要素も良いんだけどな。

そして猊下の『神よ、何故許される』はいつもどおりに圧巻。

ざっくりなので、続いて最後のコーナーの『エリザベート』。
これはオリジナルキャスト、コンサートバージョンキャスト入り乱れて何ともスペシャル版。
「ミルク」の育三郎くんのルキーニは……若いね、ってことで(汗)。
最大のスペシャルが多分(汗)、瀬奈じゅんさんのトート。
トートダンサーを引き連れて「愛と死のロンド」と「最後のダンス」を宝塚ヴァージョンってことですね。

う~~~ん、以前一路さんのコンサートDIVA2003だったかな?のDVDでも思ったんだけど、宝塚の男役の役者さんって言うのは、役を離れてもまだ演技の上にいるんだよね。
男役の誰々っていうのをそれこそ24時間とまでは言わないけど、人前に居る限りは常に演じている上にさらに役が乗っかってる。
ところが、一度、宝塚を離れて「女優さん」になってしまっているところに役を乗っけても、なにか違うんだわ。

ま、もっとも一路さんにしろ瀬奈さんにしろ宝塚でのトートを本当に観たわけじゃないから想像にすぎないんだけど、でも、きっとあの空気じゃないんだと思う。

ま、でもそれはそれで楽しんだ上で、さらにやっぱりスペシャルはこれでしょう。

山口トートと芳雄ルドルフの『闇が広がる』。
あ~、これも個人的に思い入れが……
ってことで、ドキドキでした。

プログラム外にの曲目として、地方公演からなのかな東日本大震災で命を落とした人たちを思って、そしてモーツァルト繋がりで、モーツァルトのレクイエムからLacrimosa。
アンサンブルと土居さんと芳雄くんによるコーラス。
綺麗でした。この場面でこんな音楽が聴けるんだ、って思うほど。
それまでの熱気というか情熱というかに満ちたアツい空気から、一転して静かな、でもしっかりとしたハーモニーが広がって、良かったです。

この曲が演奏される理由と、メンバーの理由をちょっと土居さんと芳雄くんがコメントしたのですが、つまるところ二人とも芸大に在学中にこの曲を何度も練習したり演奏したってことでした。
芳雄くんの場合は合唱の授業の課題でみっちり歌ったみたそうです。

ああ、そういうことね、とSotto Voceの選曲。
学校でのお勉強の成果を入れ込んでいたんですよね。そうそう、もう1曲イタリア歌曲も入っていたし。

うんでも、ほんとLacrimosaは素晴らしかったです。

フィナーレは『影を逃れて』

満腹も満腹、食べすぎなぐらいに豪華なコンサートが幕となりました。
DVD,予約はしてこなかったけど、発売になったら帝劇の売店で買えるかな、と思っています。
出来れば『ルドルフ』の公演期間中だとありがたい。
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by a_bear_in_woods | 2012-03-26 11:15 | Theatergoing